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かどまの民話「門真れんこんと御用提灯」

むかし、門真市には千石沼というて周辺一帯がそれはもう泥沼状態、池や沼も膝までドボーッとつかるような所がぎょうさんあった。水害が多くそのたびに村人たちは困り果てておったのじゃ。稲を栽培してもすぐにだめになってしまう。
「これじゃどうにもならんわい。」
「何かこの土地に適した作物はないものか。」
来る日もくる日も頭を抱え込んでしまった。そんなある日、村の長老がみんなに話しかけた。
「どうじゃ、皆の衆。どうせだめなら稲作りよりこの先の池や沼に生えている地蓮を作ってみてはどうじゃな。地蓮なら何とか栽培できるかもなあ。」
村人たちもうなづいて、「ちょっとやってみるべか。」と話がまとまり、地蓮を作ることになったのじゃ。

レンコンのイラスト

ところがの、この池や沼に生えている地蓮を収穫するのがそれはそれはたいそう辛く苦しい作業でな、池や沼の水中深くすもぐりで、もぐって泥だらけ、まるで泥人形のような顔になりながら一本一本取ってくるんだなあ。地蓮は高いお金になるのだと村人たちはそれでも我慢した。必死に頑張った。
しかしながらそのかいもなく取れた地蓮は細く貧弱で売り物にもならないようなものばかりで、おまけに「大阪でこんな蓮を作っていたのではおまんまの食い上げになっちまうで。」とけんもホロロに相手にされなかった。

ある日誰かが溜め息混じりに、「何とか日本一のれんこんは作れんもんかのう。」と弱々しい声で話しているのが長老の耳に入ってきた。そこで長老は大きな声を出して、 「なあ、よその村では立派なれんこんを作っているそうな。この村でも作れないはずがない。みんなで手分けしてれんこん作りの視察に出かけようではないか。」と話を持ちかけた。
「そうだ、そうだ。」と村人たちは早速あっちこっちへと出かけて行きれんこん作りの方法を学んできた。
それぞれの地方の種を持ち帰って改良すると、今まで池や沼に植えていた地蓮がそれからは田んぼに植えつけられるようになったのじゃ。するとどうじゃ、見事なれんこんができたではないか。これこそ日本一の門真れんこんの誕生だ。「万歳」と村人たちは手に手を取って喜びあった。
そのれんこんを若者達は肩に担いで誇らしげに売りに出かけた。ところが奈良街道を越えていくとその途中大男数人が若者たちを取り囲み、「その肩に掛かっているものを置いていけ。」とどなるのだった。命からがら逃げかえった若者たちはその時の恐ろしい出来事を村人たちに話して聞かせた。

春日大社の灯篭の写真
春日大社の灯篭

どうしたものかと首をひねっていた。またまた村の長老がいった。
「奈良の春日大社へ灯篭を寄付すれば御用提灯もらえる。」
それを聞いた村人たちは御用提灯を授かろうと、相当お金が掛かったけれど灯篭二基を寄付することにした。授かった御用提灯をもってれんこんを売りにいくと大男たちは恐れてそれからは悪いことをする人がいなくなった。

今でも春日大社の参道には「河内蓮連中」と若者の名を刻んだ灯篭が残っているそうな。

出典

門真市PTA協議会 母親代表委員会(平成14年度)『かどまの民話』

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