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かどまの民話「北島の巳三塚(みいさんづか)」

むかし古川の東三荘は、交通水路と言って大阪へ上り下りする船でにぎわっておった。

ある夏の日ことやった。古川の交通水路は藻がたーんと茂っており、その藻が邪魔して船が思うように動けんほどじゃった。そこで村中の人が総出してこの藻を取り除いた。すると川の流れがよくなり船がうまく行き交うようになった。

イラスト

突然、「へびだ、へびだ。」
「オーイ、大きなへびがおんど。」
「エー、どこや、どこや。」
「ワー、大きいやっちゃな。」
「こんなごっつい奴、見たことないで。」
ワイワイガヤガヤと騒いでおった。
「どないしたろ。」と言いながら、大きな棒でこのへびをついたり、叩いたりしておった。
それを見ていた北島の亀造という若者が
「そんなことしていたら後でたたりがあるかもしれへんで。逃がしてやりなはれ。」
そう言ってへびの体を手ぬぐいでそっとぬぐってやり、
「これからは人前に出て来たらあかんで。はよう行き。」
といってへびを逃がしてやった。へびはゆっくり向こう岸に泳ぎ渡り、土手に上がって軽く亀造に会釈し、草むらへごそごそと消えていった。

そんなことがあった翌年のことやった。亀造夫婦に待望の男の子が生まれた。
それが不思議なことに巳の年、巳の日、巳の刻であったんや。それで巳三(みいぞう)と名を付けた。
巳三はすくすくと元気に育った。そして寺子屋へ通う年になったある夏の日のことやった。古川の水があふれそうになり、向こう岸まで行くのに古川の両岸から綱を船にかけて渡す、渡し船というのがあって、その船に一人で乗り川の途中まできた時のことやった。
プチーンと綱が切れて巳三はすごい勢いでそのまま下流へと流されてしまった。それを見ていた村人は、
「えらいこっちゃ。誰か来てくれー」
と大声で助けを求めた。すると川の中に黒く動くものが見えたかと思うと、大きなへびが顔を出し、あっというまにぐるぐるととぐろを巻いて巳三をしっかりと抱き上げ、土手の上に置いて、そのまま潜ってしまった。
人々が駆け寄ってみると、気が付いた巳三の手の中には、へびの鱗が残っていた。その鱗を見た亀造は、「きっとあの時のへびが助けてくれたに違いない。」そうつぶやき我が子をしっかりだきしめた。

その後、土手の中へこの鱗を埋めて巳三塚(みいさんずか)としてまつった。

出典

門真市PTA協議会 母親代表委員会(平成14年度)『かどまの民話』

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