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かどまの民話「中将姫と月出橋のお話」

咲く花の匂うが如く華やかな都に、横萩の右大臣の娘、その名も長谷郎女(はせのいらつめ)という大層美しく頭のよいお姫さんがいた。

この姫が三才のころお母さんがなくなった。まだ幼い姫のこと、母を偲(しの)び深く悲しみ、シクシクと涙の乾く暇もないほど毎日泣きじゃくり、周囲の者たちの哀れを誘った。
そんな姫にも歳月は矢のごとく流れ、すくすくと成長し美しい娘に成長した。また優れた才能に恵まれ、特に琴を弾かせては天下一品の腕前だった。
あるとき、この姫の噂が宮中まで届いた。
「琴をつまびかせては日本一の名人で大層美しい姫がおるそうです。一度天皇様にお聞かせしてみてはどうでしょう。」 
ということになり姫をお呼びになった。姫は、御方様(おかたさま)の御前(おんまえ)で心をこめて琴をつまびき始めた。宮中の人々は姫の美しさに目を見張ったが、それにもましてその素晴らしい音の世界に感激し、その見事さに驚いた。天皇様は姫にご褒美にと高い位と中将姫という名前を付けてあげた。それからというものは度々宮中に召されては琴を演奏し、大層可愛がられてとんとん拍子に出世された。
日に日に華やかさを増していく中将姫の姿を見て面白くない思いの者がいた。それは女秘書官をしている継母であった。中将姫とは腹違いの妹に当たる自分の娘がこのままでは余りに不憫でならなかった。
嫉妬心に燃えた継母は、中将姫のあることないことを言いふらし、追い落とすためあらゆる策略を巡らせた。姫の評判は悪くなり、人々の憎しみさえ買うようになっていった。
余りにも残酷なやり方に、姫に哀れみを感じ同情した使者がそーっと河内の板戸の橋のある月出の里に姫を連れ出し隠してやった。姫はそこで人知れずひっそり暮らしておった。
そこは沼地で都の華やかさと引き比べ随分と寂しいところだった。姫の、時には寂しそうな顔でじっと悲しい運命を耐え抜いているような姿は気品にあふれ、神秘的な憂いを漂わせていた。その姿を見て村人たちは、
「何でこのような所へ来られたんだろう。」 
不思議がった。そしてまるで生きておられる観音様のように崇めた。

そんなある日、月出の里の周辺の池や沼には沢山の蓮が生えていたが姫はその蓮の茎で蓮糸を作りせめてあの世では幸せになりたいと願い曼陀羅(まんだら)を編もうと思い立たれた。蓮の茎から糸を紡ぎ、曼陀羅をわずかずつ織り続ける姫の姿がみられるようになった。

中将姫のイラスト

朝早くから糸を紡ぎ、蓮の糸を丸くまとめてマリのようにして遊んでみる。そしてまた曼陀羅を織り続ける。気が付くと日が暮れて板戸橋の上にまん丸いそれは美しい月が顔を出していた。そんな日々が流れていき、いつしかこの橋を月出橋と呼ぶようになった。
そしてある日、狩りにきたお父様に見つかってしまった。姫のことを諦めておられたお父様は喜んで都につれて帰られたそうな。

聞くところによれば、中将姫はつくづく此の世の無常を感じられ、当麻寺(たいまでら)にこもられたということや。

出典

門真市PTA協議会 母親代表委員会(平成14年度)『かどまの民話』

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