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かどまの民話「禁酒沼」

昔、岸和田村弁天池のほとりに孫作夫婦が住んでおった。嫁のおよしさんが嫁いできて十年ほどになるが、どうしたことか子供に恵まれない。
そこで、親類の世話で両親をなくした男の子を養子にすることにしたそうや。子供ができたので、今まで以上に一生懸命働いてくれるだろうと思っていたのに、どうしたことか、孫作は昼から酒びたりになる日が続いた。

およしさんはと言うと、孫作に代わって一日中一人で畑仕事に出かけて働き、夜は近所の縫い物を引き受け内職に精を出し、ぐち一つこぼすことはなかった。そして、息子の佐一郎も縄を編んだり、草履を作って母を助けておったが、孫作の酒びたりは治らず、金目の物は全て借金取りに取られてしまった。

利口者の佐一郎は最近では孫作の船でシジミや魚をとりに出かけ、わずかな収入を得て、その日その日のやりくりをしていた。
ある日のこと、決心した母親が家を出る支度をしていると、佐一郎が
「そんなことしたらあかん。おとうがかわいそうや。」
と目に涙をためて言った。
その時
「御免下さい。水を一杯下さい。」
と言って旅の僧が訪ねてきて、親子のただならぬ雰囲気を感じ取り、こう言った。
「この世の中は苦界であって辛い事も多い。しかし家を出てどこへ行っても逃げれば逃げるほどよくなる事はないものですよ。」
その言葉を聞いておよしさんは、
「そうや。あれほど好きで結婚した孫作さんや。今ここで見捨てることはできん。」
と思い、佐一郎も
「もう一度頑張ろうな。」
と誓いあった。

池のイラスト

ある時、佐一郎が川を下って帰る途中、千鳥足の孫作に会い、船に乗って帰る時に、近所の船頭たちに
「毎日ご機嫌さんやなぁ。しまいに嫁さんに逃げられるで。」
と言われ、弁天池の水を掛けられたんや。ほんでな少ししてふと佐一郎が顔を見ると、目を真っ赤にしていてな、孫作自身もハッとして、我に返った気持ちになって、
「わしが舟を漕ぐ。」
と言って自分で漕いで家に帰ったんや。
佐一郎が
「父さん、どないしたん?」
と聞くと
「佐一郎、俺が悪かった。これからは酒は飲まへん。一生懸命に働くで。」
と言って謝ったそうな。
それからは、孫作は人が変わったように働き、もう二度と酒を飲むことはなかったそうや。
そんなことがあってから、いつしか弁天池を「禁酒沼」とも呼ぶようになったらしい。

出典

門真市PTA協議会 母親代表委員会(平成14年度)『かどまの民話』

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