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かどまの民話「源右衛門作(さく)の狐(きつね)田(でん)」

むかし、横地村(よこちむら)、今の常盤(ときわ)町(ちょう)におるいさんという産婆(さんば)さんが住んでおった。おるいさんは「生きている安産の神様」と呼ばれ、遠くの村からもおるいさんを頼って往診をたのみにくるほどだった。

ある日のこと、往診がすんで家に帰り、休む間もなく明日の田植えの準備をしようと田んぼに出かけ、苗束をポンポンと投げ込んでいたときのことやった。
「おるいさ~ん、おるいさ~ん」 と叫びながら村人がかけよってきた。
「おるいさん、市太郎さんとこの嫁さんがえらい陣痛なんや。助けたってや~。」

おるいさんは田植えの稲もそのままで、
「よっしゃ。分かった。すぐ行くさかい我慢してもろてや。」 と言っておいて急いで家に帰り、野良(のら)着(ぎ)を着替えて市太郎さんの家に向かった。

古川堤にさしかかったとき、何気なく辺りに目をやると、風もないのに草がザワザワとゆれ動いた。
「あれ?何かそこにおるんかな?」 とおるいさんがソロリソロリと近づいてみると、何と草むらの中に大きなおなかをした狐が苦しくて動けなくなって横たわっているではないか。

キツネのイラスト「フゥーン、フゥーン」 と狐は苦しそうにあえぎながらおるいさんの顔を見るのだった。
心の優しいおるいさんは
「かわいそうに、おまえも難産か。」
と言って狐の赤みを帯びたおなかをやさしく上から下へとなでたりさすったりしてやった。
「フゥーン、フゥーン」 と狐は歯をくいしばり顔をゆがめている。
「頑張りなさい。もうすぐ可愛い子が生まれるよ。」 と人に言うように話しかけながらおなかをさすっていると、
「フゥゥ~ン」と一声うめいたとたん元気そうな子が生まれた。
親狐はへその緒(お)をかみ切って、生まれたばかりの子狐のぬれた産毛(うぶげ)をなめながらおるいさんを見つめ、
「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません。」 とでも言うようにしっぽを振った。
おるいさんは、 「御苦労さん。」 と言ってやり市太郎さんの家に急いだ。

やっとのことでたどり着いたおるいさん、
「今晩は。おめでとうさんです。」 と言って汗をふきふき産室へ案内されて入った。
さっそくおなかに手を当てて診察しながら、「大丈夫。これからですよ。」 と励まし、
「お湯だけは沸(わ)かしておいてもらいましょうか。」 と市太郎さんに頼んだ。

そして初産(ういざん)の為か大層苦しんでいるお嫁さんのおなかをさするのだった。やがて大きな産声(うぶごえ)と共に元気そうな男の子が生まれた。市太郎さんはたいそう喜び、おるいさんに何度も頭を下げお礼を言った。
おるいさんは沢山のお土産をもらい、提灯(ちょうちん)をぶらさげ急いで帰っていった。途中あの狐のことが気になって草むらをのぞいてみたが、親子狐の姿は見えなかった。

翌朝早く起きたおるいさんは
「さあ、今日は田植えや。昨日はほったらかしやったからなあ。」 と言いながら田んぼに向かった。
ところが田んぼについてびっくり仰天。何とほったらかしのはずの苗が全部植えられているではないか。 おるいさんは誰が植えてくれたのか村の人に聞いて回ったが誰も知らない。気になるおるいさんは村の古老に伺ってみた。古老から 「神田村の染め物業をしている亀造という人を尋ねなさい。何か分かるじゃろう。」 と言われた。

尋ねてみて、亀造に占ってもらったところやっとのことで誰が植えたかわかったのだった。
何と、驚いたことに苗を植えたのは夕べ草むらで横たわっていたあの狐だったのだ。
さあ、このことが村中に知れ渡ると人々は口々におるいさんの善行がむくわれたと喜んで語り広めていった。

このことを源右衛門代官様もお聞きになり 「これは良い話だ。」 とお喜びになり、あの田んぼを源右衛門作の狐田と名付け今後、このことを後世に残すため年貢を免除したと言われる。

現在狐田は、常磐町のどこにあるかは不明であるが昔物語として今も語り継がれているそうな。

出典

〔出典〕門真市PTA協議会 母親代表委員会(平成14年度)『かどまの民話』

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