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かどまの民話「代官餅」

むかし、大和田村(おおわだむら)、今の常盤町(ときわちょう)に橋川(はしかわ)代官という代官がおった。代官様の仕事は泥棒や博徒を出さんようにしたり、騒動が起こらんようにして農民たちを災難から守ることやった。

皆からは心の優しい代官様やと信頼されており、代官様はお百姓を手伝い、水路や道路、橋などを見回り、お米が不作で困っていると少しでも農民たちが苦しまなくて済むようにいろいろ相談にのってやった。
それに代官自身、食事もぜいたくせず服は木綿を着はってなぁ、ほんまに農民の手本となる人やった。

年末には餅や米を貧しい家々に配りはった。代官様はな、飢餓(きが)などの非常時に備えて米を保存するように知らせを出さはってなぁ、米を保存しといたんや。

餅のイラスト

ある夏のことやった。
冷害とイナゴの被害で少ししか米が取れへんかったんや。農民は涙ながらに「これでは年貢も納められません。」と代官様に訴えたんや。同じ頃、となり村の代官様が農民の苦しみを見かねて領主様に忠言しはったが聞いてもらえず切腹したという知らせが届いたんや。代官様は、「皆の者、安心せよ。わが村には保存米がある。」と言って米を配らはったんで冷害の危機を乗り切れたんや。

農民が「よかったーよかったー。」と喜び湧(わ)いているとき代官様が言わはった。
「わが村でも、今年の正月は大変やがよその村はもっと困っているやろう。残りの米に雑穀をくわえて餅を作って配ってやろう。」

心優しい代官様のおかげで各村々も心ばかりの正月をむかえることができ、代官様のうわさは遠くの村々へも伝わったんや。翌年はなぁ、豊年満作で農民たちは代官様に感謝して自ら米を貯蔵したんや。
各村々ではその後この餅をいつも食べ、この餅で村が潤ったので“うるう餅”とも言い、また「代官(だいかん)餅(もち)」とも言うたそうな。

となり村の代官様は国松(くにまつ)町(ちょう)のお墓で、また橋川代官様は野崎観音で今も安らかに眠っておられるそうな。

出典

門真市PTA協議会 母親代表委員会(平成14年度)『かどまの民話』

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